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教祖と御教え
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信仰と祈りについて

 

「信仰」救い(救済)がその柱であります。

私たちは短い一生の間にあらゆる苦悩を抱え、しばしば絶望の淵に立たされます。家族の問題、怪我、病気、人間関係、経済問題、死の恐怖などであります。


詰まるところ、
信仰」とは尊い神仏、先祖の御守護のもとに人間一人一人が救済されるところに大きな意義があり、救われたそれぞれが歓喜に身をふるわせ、人間本来あるべき姿を発揮して進んでいくところに、その素晴らしさがあるのです。
 

古来、私たちの祖先は、この地球上に満ち満ちているあらゆる恵みに感謝をし、この地球上のあらゆる存在をも神と呼び、また仏と呼んで崇め尊び、「祈り」を捧げてきました。

 

教祖真筆 「忍」

 

教祖真筆 御神歌

 

神仏の前に頭(こうべ)をたれ、個人の身はもちろん、家族のこと、さらに縁(えにし)に繋がる人々のことについて、大願を成就に導かせていただくように、ただ一心に祈ることが大事なのであります。


全ての人の大願は、命が守られること、そして道が開かれること、諸災にあわぬように守られること、日々の暮らしに幸福が授かること、さらに商売繁昌等であり、このことは
現世の一日一日を真摯(しんし)に暮らし、精進を重ねていけば、必ずや生ずる願いであります。


私たちは、このような願いを神仏の偉大な御力や御意志によって良き方向に導かせていただけるように、また、
それぞれに寄せくる苦難の道も感謝と歓喜の心で乗り越えられるように修行を重ね、一心に「祈る」ことが極めて肝要であります。


 

 

修行と一言で言っても、寒冷期の行もあれば百度の熱さを踏む行もあり、また深山渓谷に於いて俗世からかけ離れた隔絶(かくぜつ)されたところで難行苦行(なんぎょうくぎょう)する方法もあります。

 

このように行法には千差万別その種類は多くありますが、

 

八大龍王神様の御神示(ごしんじ)による当聖団の修行とは、普段の一日一日の生活における正しき道程を進まんとする為の行(ぎょう)のことを示しております。

 

教祖真筆 御神歌

教祖真筆 御神歌